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中宮寺會津八一歌碑建立

     Img_0772aizuyaichi.jpg

今年、奈良に會津八一先生の歌碑がふたつ建立されました。
ひとつは喜光寺に、そしてもうひとつは斑鳩の中宮寺に建てられ
先日、除幕式が行なわれました。

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今夏、新潟市にある「會津八一記念館」をお訪ねした折、
記念館の職員の方と色々とお話させていただいたこともあり
今回の歌碑の除幕式に参列させて頂く機会を頂戴いたしました。

(會津八一記念館をお訪ねした記事はこちら→その1 、その2 )

奈良をこよなく愛した新潟出身の會津八一先生
平城遷都1300年を記念して企画されました特別展
「奈良の古寺と仏像 會津八一のうたにのせて」は、新潟、東京、奈良と巡回し
(*奈良展は奈良県立美術館にて、12月19日まで)
會津先生のうたの調べにのせて、たくさんの方に奈良の古寺、仏像の美しさや
慈悲の心を感じとられた方も多かったのではないでしょうか。


みほとけの あごとひぢとに あまでらの
           あさのひかりの ともしきろかも(中宮寺にて)


新潟展では、會津八一先生がその美しさを讃えうたに詠んだ
中宮寺の「如意輪観世音菩薩像」が出陳されました。

ここ数年、相次ぐ大地震と水害、豪雪に苦しめられてきた新潟県での展覧会。
「如意輪観世音菩薩像」にぜひお出ましいただきたいという県民の願いは
「度重なる災害に見舞われながら、復興に努力している人々の心に
安らぎを与えることになるならば」という中宮寺の日野西光尊ご門跡の
寛い慈しみのお心とご決断により叶えられたと、お聞きいたしました。

展覧会開催中も、新潟県内で鎮魂と復興を祈願する法要を重ねられ
法話を通じて、み仏の慈悲のこころを説いてまわられたそうです。

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そのお姿に感動した人たちの間から、これを縁に中宮寺に會津八一先生の
歌碑をぜひともと願う動きが出て、今回めでたく建立される運びになりました。

除幕式で「會津八一先生の奈良への温かい情熱が本当にうれしい」と
述べられた日野西光尊ご門跡。
歌碑を前にその嬉しそうなお姿を拝見して、私も感激で胸がいっぱいでした。

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會津八一記念館の神林館長はじめ、新潟からの参列者も多く
夏にお会いした記念館の職員のみなさまとは、うれしい再会となりました。

このブログを見つけて、読んでくださっているとお聞きして
嬉しいやら恥ずかしいやら・・・
今回、あつかましくも参列させていただき、本当にありがとうございました。

最後に、今回建てられた歌碑の碑文をご紹介したいと思います。

Img_0776aizuyaichi.jpg

現在、奈良県立美術館では平城遷都1300年祭特別展
「會津八一のうたにのせて-奈良の古寺と仏像」
奈良市写真美術館では、企画展「工藤利三郎・小川晴暘
入江泰吉―會津八一と奈良の写真家―」が開催されています。

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「飛鳥園」と會津八一歌碑ふたつ

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正倉院展を見たあと、ちょっとひと休みした
仏像写真ギャラリー「飛鳥園」 (あらら、偶然にも同じコース^^)

先日、奈良県立万葉文化館の写真展「小川晴暘と奈良 飛鳥園のあゆみ」を
見てきたばかりでしたので、こちらでもゆっくりと仏像写真を拝見したかったのです。

吉城園と氷室神社の森に囲まれた敷地内に設けられたティーガーデン。
その傍らには、日吉館にあった會津八一歌碑がふたつ佇んでいます。

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小さい方は昭和49年に建てられた歌碑で、大正14年に詠まれた和歌が刻まれています。

  かすがのの よをさむみかも さをしかの 
         まちのちまたを なきわたりゆく

 (春日野の夜が寒いからであろうか、鹿が町の通りを鳴きわたってゆく)


             Img_9792asukaen.jpg

もうひとつは、旧碑の文字が見えにくくなったため
おなじ和歌を刻んだ歌碑が、平成3年に新しく建てられました。

日吉館は、大正初め頃に創業。會津八一が揮毫した看板が目印で
奈良を愛する多くの学者、芸術家らが定宿にしていた奈良の名物旅館。

平成7年まで営業が続けられましたが、現在は建物もなくなり
会津八一が揮毫した「日吉館」の看板は、早稲田大学會津八一記念博物館の
所蔵となったそうです。

奈良の名物旅館「日吉館」の看板。
奈良の遠い記憶として、できればずっとこの奈良の地に
残しておいてほしかったなぁ。

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會津八一記念館を訪ねて その2「酷愛する奈良」

   Img_8510aizu.jpg

われ奈良の風光と美術とを酷愛して、其間に徘徊することすでにいく度ぞ。
遂に或いは骨をここに埋めんとさへおもへり。ここに詠じたる歌は、吾ながらに
心ゆくばかりなり。われ今これを誦すれば、青山たちまち遠く繞り、緑樹甍に迫りて、
恍惚として、身はすでに旧都の中に在るが如し。(『南京新唱』自序より)



「酷愛」とても深い愛を感じる言葉です。
明治41年、28歳のとき初めて奈良を訪れて以来
荒廃した寺や仏像への熱いを、多くの歌に残した會津八一

「私が選んだ八一の書」展でも、奈良を詠んだ歌が多く選ばれていましたが
會津八一の奈良を見つめたまなざしが、そのまま奈良のイメージとなって
多くのひとに印象づけられていることをつよく感じました。

  おほてらに もろてのゆびを ひらかせて
                おほきほとけは あまたらしたり

  かすがのの みくさをりしき ふすしかの
                つのさへさやに てるつくよかも

  すゐえんの あまつをとめが ころもでの
                ひまにもすめる あきのそらかな
  
  おほてらの まろきはしらの つきかげを
                つちにふみつつ ものこそおもへ

  毘楼博叉 まゆねよせたる まなざしを
                まなこにみつつ ものこそおもへ

  みほとけの あごとひぢとに あまでらの
                あさのひかりの ともしきろかも

  ちかづきて あふぎみれども みほとけの
                みそなはすとも あらぬさびしさ

  あめつちに われひとりゐて たつごとき     
                このさびしさを きみはほほゑむ



大和言葉の美しい調べ。ひとつひとつを諳んじていると
その景色が自然と目に浮かんできます。

會津八一が愛した奈良のお寺や仏像は、いま私にとってとても身近な風景。
記念館の方に、奈良から来たことを告げましたら大変喜んでくださり
11月に奈良県立美術館で開かれる特別展のこと、この秋 あらたに建てられる
ふたつの歌碑のことなど、色々とお話をお聞きすることができました。


會津八一が自らの短歌に注釈を入れた「自註鹿鳴集」
長らく品切れ状態だった岩波文庫版「自註鹿鳴集」が重版されたことを
記念館のブログで知り早速購入。

これがとても面白く、何度も読み返しています。
「酷愛する奈良」を、こんな風に残すことができた會津八一を
尊敬とともにとても羨ましく思います。

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會津八一記念館を訪ねて その1 「学規」

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開館35周年を迎えた會津八一記念館で開催中の展覧会
「私が選んだ八一の書」に、帰省の折 出かけてまいりました。

記念館ゆかりの19人の著名人が選んだ會津八一の書作品
文筆家、芸術家、政治家、学者、僧侶 それぞれの視点から選ばれた作品は
その方の人生と重ね合わされることによって、より深い味わいとなり
心の中にすーっ沁み込んでくるようでした。

作家の工藤美代子さんの選んだ會津八一書「学規」

  Img_aizuyaichi.png
 
35歳の時、工藤さんは先の見えない暗い迷路の中で
なんの希望もみいだせず苦しい日々を送っておられた。
ある日、お父様のもとを訪ねると、壁に「学規」が掛かっており
お父様は声に出してそれを読み上げられたそうです。

「深くこの生を愛すべし」という最初の言葉を聞いただけで
 どっと涙があふれた。
「なんだ、お前、なに考えているんだ。人生は長いんだぞ。
 『日々新面目あるべし』じゃないか。いつかきっといいことだってあるぞ」
父は自分の娘が、どれほど追い詰められた状態で生きているかを、とっさに
理解したようだった。とにかく生きろと強く私の背中を叩いた。



映画監督の小林正樹さんは「書を語るー會津先生と篆刻と私」の中で
會津八一の「学規」について、こう語られています。

 「学規」は先生が弟子と認めた人だけに書きおくる四項目からなる書である。

 一 ふかくこの生を愛すべし
 一 かへりみて己を知るべし
 一 学芸をもって性を養ふべし
 一 日々新面目あるべし<

 人間として生きることの尊さ、学問の深さ、芸術のきびしさをこれほど的確に
 表現した言葉はない。これは會津先生御自身が率先して実行し、範を学生に
 示すのだという自戒の言葉でもあった。


「ふかくこの生を愛すべし」

いま、とても心に響く言葉です。

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「會津八一の愛した奈良の仏」

7月18日 9時から、NHK教育テレビ『日曜美術館』にて
「広目天のまなざし 會津八一と戦没学生が見た奈良の仏」が放送されます。


    2010_naranokoji2.jpg

先日、実家の父と久しぶりに電話で話をしていましたら、春に新潟で開催された
「奈良の古寺と仏像-會津八一のうたにのせて-展」へいってきたよ、という話に。

定年退職後、地元の“郷土史研究会”に入り、県内のあちこちに出かけている父。
展覧会へは、開幕二日目に出かけたそうですが、中宮寺の菩薩半跏像の前には
二重三重の列ができるほど、大変多くの人で賑わっていたそうです。
「奈良の美しい仏様たちを新潟で拝ませていただけるのも、會津先生のおかげ」と
少々興奮気味に話してくれました。

そして「お盆に帰省した時には、一緒に會津八一記念館の展覧会に行きましょう」と
約束して電話を切りました。
父と訪ねる「郷土の文人・會津八一」 
いまから、とても楽しみです。


 *NHK『日曜美術館』
  「広目天のまなざし 會津八一と戦没学生が見た奈良の仏」

   
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